2006/07/24

『クラッシュ』"Crash"

☆これをクリスマス映画として作ったこと自体ににメッセージを感じる

アメリカの都市郊外に住んでいた頃の感覚を思い出す。

冒頭、「r」と「l」を混同して発音してしまうアジア人への中傷から始まり、口を開くたびに人種差別発言となり、耳をふさぎたくなるような場面が続く。

実際の生活では、そこまではっきりとことばにされた経験はないが、心の中のことばを漫画の吹き出しみたいなものに入れて見せたら、この映画と同じになるだろうという体験は何度もあった。

差別的な人も善行をし、善行をする人もひょいと差別的な心が出てしまう。真実だ。

嫌になるほど醜い現実を見せつけられ、「まったくその通りだ」と徹底的に落ち込んだところで見せられる、ほんの少しの間のキラリと光る人間らしい行動。その瞬間を心に留めながら、また醜い社会と、醜い自分を生きていくというクリスマス映画だ。アメリカ人はうなずきながらこの映画を観るだろう。

ネタバレ!反転させて読んでください。ここから→「おとうさんは持っていないの」と言って銃弾の前に走り出ていく鍵修理人の1人娘は本当にかわいらしい。銃声のあと、落ち着いた声で、泣き叫ぶ母親に「おとうさんは大丈夫よ(Dad is OK)」と大人のようになぐさめのことばを掛ける場面はすばらしい。本当にエンジェルだ。あんなかわいらしい子役をよく見つけ出してきたものだと思う。

母親に可愛がられていた不良の弟と、自分が食料を入れておいたのに弟の行為だと思われ、母親に嫌われたままになってしまう優秀な兄(ドン・チードル)。その弟もワルになりきれていないし、その弟が、正しくあろうとがんばっていた警官にふと湧き出してきた恐怖心から殺されてしまうのも悲しい。その原因があの置物だというのもまた悲しい。

いくらきらめく美しい瞬間を見せられても、もう一度アメリカに住みたいかと問われたら、住みたくないと答えるだろう。でも、転勤することになったら行くしかない。そして、自分のこの「アメリカにはもう住みたくない」という気持ちもまた、差別意識なのだと思う。

2004年/監督:ポール・ハギス/サンドラ・ブロック「ザ・インターネット」「恋は嵐のように」「プラクティカル・マジック」「あなたが寝ている間に…」「トゥー・ウィークス・ノーティス」/ドン・チードル「ホテル・ルワンダ」「16歳の合衆国」「オーシャンズ11」「ミッション・トゥ・マーズ」「ボルケーノ」「ブルワース」/マット・ディロン「メリーに首ったけ」/ジェニファー・エスポジト/ブレンダン・フレイザー「ハムナプトラ」/テレンス・ハワード/ライアン・フィリップ「クルーエル・インテンション」「マイハート・マイラブ」「ラストサマー」/バハー・スーメク
クラッシュ@映画生活

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2005/09/19

『夢』"Akira Kurosawa's Dreams"



黒澤作品の『七人の侍』も『乱』もイギリス人に勧められ、貸してもらって見た。そのため、「異国人にこの作品はこんなふうに魅力的に見えるんだろうなあ」という観点からばかり見ていた。今回は、前の2作品と違って、自分の目で見ることができた。

奇妙であり得ない世界なのに、どこか自分が見たことのある夢とも重なるような感覚。自分の中に流れる「日本人」を感じた。いつまでも古くならないイメージの壮大さを感じた。

日本人が感覚として知っている、狐の嫁入り、天気雨、ひな祭り、雪女、帰還兵、人形や桃の花に存在しそうな霊、富岳百景の赤富士、地獄。ことばだけでも深い淵をのぞき込んだようなイメージを持つもののひとつひとつが「こんな夢を見た」で始まる独立した短編で語られて行く。しかし、順を追って最後まで見ていくと、全体が伝えたいメッセージがはっきりと見えてくる。途中、環境破壊を訴える、ある時期の流行の方向に行くのかと思ったが、違っていた。最後の葬列はすばらしい遺書のように感じられた。

1990年 監督:黒澤明(「七人の侍」「乱」)/寺尾聡/賠償美津子/根岸季衣/笠智衆

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2005/07/07

『マグノリア』"Magnolia"


これまで見てきたオムニバス映画とはひと味違った質の高さを感じた。

それぞれの話のテーマが同じだというだけでなく、ストーリーの緩急の足並みが全部のストーリーでそろっている。「緩」の場面では同時に「緩」のストーリーが展開し、「急」の場面で同じ「急」の曲が流れる。

序盤はすべてのストーリーが、不幸が起きそうな予感に満ちて始まる。「瀕死の重病人」「父親にわめくコカイン中毒の娘」「嘘の臭いがプンプン漂ってくる自己啓発セミナー」 すべてのストーリーが同じように不安感を増していくが、それが相乗効果をもたらし、さらにわけのわからない不安を増幅させる。

増幅させたところで、混乱と嵐の前の静けさが訪れる。「インタビューで沈黙する男」「回答席に立たないと言う天才少年を前にじりじりする大人達」「雨の中、静かにガレージに戻ってくる車」。すべてが同時に動き出しそうな予感。

そして、それぞれの心の中に小さな変化が起きる。「天才少年の自己主張」「銃を落としてしまう警官」「盗みを決意する元(もと)天才少年」「思いがけない電話に壊れ出す性のカリスマ伝道師」

音楽の高まりと同時に一気にすべてのストーリーは動き出す。

オムニバスで表現するには深すぎて、難しそうな、「自分を克服すること」がテーマとなっている。「悪いヤツ」や「間違っているヤツ」ばかりではない。最初からすべてに好感が持てる警官のような人でも、その「正しくありたい」という思いを、少しだけ軌道修正することで、さらなる人生の展開があるかもしれないのだ。自分の心の奥底に潜むもの、正しくなかったこと、それらをまっすぐ見つめること。弱さを知ること。その弱さを無用な強さでカバーするのではなく、正直にそれを表現することで、人は解放されて新たな歩みを続けられる。

予期せぬ、全然すがすがしくない出来事のあと、妙なすがすがしさが全体を覆う。

ネタバレの質問→ストーリーが始まる前に、自殺する人がビルから飛び降りるシーンがあります。あの人の飛び降りる格好、蛙が落ちてくる格好と似ていると思うのですが、そのふたつが似ていることに何か意味はあるのでしょうか。3人の死刑囚の話もどうつながるのかよくわからなかった。


1999年/監督:ポール・トーマス・アンダーソン/死の床にあるアール:ジェイソン・ロバーズ/妻リンダ:ジュリアン・ムーア(「巡り会う時間たち」「シッピング・ニュース」「マップ・オブ・ザ・ワールド」「クッキー・フォーチュン」「ビッグ・リボウスキ」)
/看護人フィル:フィリップ・シーモア・ホフマン「セント・オブ・ウーマン~夢の香り~」「パッチ・アダムズ トゥルー・ストーリー」/性のカリスマ伝道師フランク・マッキー/トム・クルーズ(「コラテラル」「ラスト・サムライ」「マイノリティ・リポート」「バニラ・スカイ」「アイズ・ワイド・シャット」「レインマン」/名司会者ジミー・ゲイター:フィリップ・ベイカー・ホール/コカイン娘クローディア:メローラ・ウォルターズ/まじめな警官ジム:ジョン・C・ライリー/天才少年スタンリー:ジェレミー・ブラックマン/もと天才少年ドニー:「カラー・オブ・ハート」「シビル・アクション」「ウワサの真相 ワグ・ザ・ドッグ」/昔の天才少年ドニー:ウィリアム・H・メイシー

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2005/05/09

『マイ・ハート、マイ・ラブ』"Playing by Heart"

 6つのストーリーがそれぞれに進行し、最後に1つになる。『ラブ・アクチュアリー(2004年)』に似たオムニバスの作品だが、『マイ・ハート・マイ・ラブ』のほうが最後に1つになった時の「ああ、そうだったのか」が大きい。

 ひとつひとつのストーリーにはあまり説得力がないのに、なぜか、それぞれの人物設定とその反応や言動に共感できる。それぞれの女性の性格も境遇も年代も全然違うのに、どの女性の気持ちにもすんなり入り込める。そこがこの映画の良さだと思う。

 オムニバスを生かした映画だ。見終わって、ほっとした気分になれる。「オムニバスもの」制覇のため、『マグノリア』も見なければ…と思ってしまった。
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1999年
監督:ウィラード・キャロル
ポール/ショーン・コネリー(「小説家を見つけたら」「エントラップメント」「ザ・ロック」「グッドマン・イン・アフリカ」「理由」「薔薇の名前」)
ハナ/ジーナ・ローランズ(「グロリア」)
グレーシー/マデリーン・ストウ
ロジャー/アンソニー・エドワーズ
ヒュー/デニス・クエイド
ジョーン/アンジェリーナ・ジョリー(「17歳のカルテ」)
キーナン/ライアン・フィリップ(「クルーエルインテンション」「ラストサマー」)
メレディス/ジリアン・アンダーソン(「Xファイル」)
トレント/ジョン・スチュワート
ミルドレット/エレン・バースティン(「エクソシスト」「女の叫び」)
マーク/ジェイ・モーア(「シモーヌ」「ペイ・フォワード[可能の王国]」)
*「 」内はその人の作品のうち見たことのあるものの題名

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2005/02/05

『ラブ・アクチュアリー』"Love Actually"

ネタバレなしの普通の感想はこちらをご覧ください。
以下はそれぞれのストーリーの紹介。ネタバレ全開です。

!!![ネタバレ全開]!!![ネタバレ注意]!!!

●ダニエルとサム(息子)
 この話はすごくいい。ダニエルは若い妻と結婚。妻の連れ子がサム。話は、その妻のお葬式から始まる。血のつながっていない2人の関係が始まる。ダニエルは小学生のサムのほほえましい悩みに正面から向き合い、一人前の大人と同じように扱い、話を聞く。おませなサムも恋に真剣で、とてもかわいい。

●ジェイミーとオーレリア
 妻を弟に寝取られた作家のジェイミー。フランスの美しい別荘に籠もって執筆活動をする。そこに紹介されて来たのが、ポルトガル人の家政婦オーレリア。片言のフランス語がやっと話せるだけのジェイミーと、フランス語も英語もできないオーレリアは話は通じないのだが、心は通じ合っていく。
 それなのに、この滞在期間中はごく普通に別れ、再開した時は、2人とも相手のことばを必死に習得していたというのがとても良い。求愛の場面は、滑稽なほど大がかりだけれど感動的。

●ビリーとジョー
 ここまではじけている老ロック歌手はいいなあ。"怪演"のビリー。ビリーに振り回されるジョーの表情がまた良い。

●ジュリエットとピーターとマーク
 この話はとても悲しいけれど、とても良い。
 親友の結婚相手を好きになってしまったピーター。それをずっと隠してきてたのだが、その態度をジュリエットのほうは、夫の親友に嫌われていると思いこみ悩んでいる。
 ところが結婚式にピーターがジュリエットを撮ったビデオを見られてしまったことから、ジュリエットはピーターの気持ちに気付く。映像にはジュリエットへの気持ちがあふれていたのだ。ここは本当に静かに悲しい。
 しかし、クリスマスの夜に玄関に立つ場面は微笑ましい。ここはこの映画の中で一番好きな場面。この場面と最初の結婚式が音楽にあふれる場面がすごくいい。だからこの話が一番好き。イギリスなら結婚式でこんなこと、ありそうだと思う。

●コリンとアメリカンギャル達
 いや、これはこんなにうまくいくわけがないと思う。でも、イギリス英語の発音がアメリカンギャルにもてて、こんなふうな会話になるところは容易に想像できる。だからといって、イギリスであそこまでもてなかった男が急にあんなことにとは思うけれど、まあいいんじゃないの、クリスマスだし。

●ジュディとジョー
 一番普通な話に見える。でも、2人の設定はあまりにも非日常。官能的な映画の撮影をしている現場。大物のスターは最後の最後に登場して演技をするので、その前は、セットの調子や機材のテストをするために、かわりの人がスターと同じ動きをする。2人はそのために雇われているのだけれど、おしゃべりをしながら、姿だけは大胆なセックスシーンがずっと続く。
 その2人が、実にフツーで、この映画の中でも一番フツーで、その上まだ子どもっぽい部分の恋愛が描かれる。この設定とのギャップがなんともいえずおもしろい。

●ハリーとカレン
 この話はとても悲しい。体型が崩れていくことを気にしているカレン。夫が、クリスマス前に変な動きをして、いつもと違って1つ余分にプレゼントを買い、それが高価な金のペンダントだったことを知る。それなのに…。しかし、子どもたちの前では涙をふき取って母親を演じる。
 あんな馬鹿な若い女より、カレンのほうがずっと素敵なのにと思うのは自分に照らし合わせてのかたよった見方なのか。

●サラとカール
 サラは両親の死後、精神を患う弟の面倒を見ながら仕事を続ける、内気で地味な女性。同じ職場の、ものすごくかっこいいデザイナー、カールのことを好きなのは、上司から見ても見え見えなくらい。
 カール!、もっとがんばってよ。かっこいいだけじゃだめだよ。

●首相と秘書
 この首相役のヒュー・グラントはなんだかなあと思ってしまう。全然首相らしくなくて、「いつもの女たらしのヒュー」でしかない。本人が、「別の映画の撮影があったから、髪が切れなくて首相らしい髪型にできなかった」と言っていたけれど、演技も全然じゃないと思ってしまった。秘書のほうも、あまりにも育ちが悪すぎて、あさはか。
 こんなかたちでしか首相を料理できないなんて、イギリスの将来は大丈夫なんだろうかなんて思ってしまう。皮肉にもなっていない。

●米国大統領
 これはあんまりだ。

●店員
 ミスター・ビーンで有名なローワン・アトキンソンが、ハロッズのように見える店の宝石売り場でおおげさにクリスマス用の包装をする場面がみもの。最後にもう一回、重要な役で出てくる。

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2005/01/30

『ラブ・アクチュアリー』"Love Actually"

 いくつもの話が進行するオムニバス風の作品。クリスマスにホームビデオで見て、ここがいい、この話が好きと語り合うのにぴったりの映画。

 私はジュリエットとピーターとマークのストーリーが好きだ。ダニエルとサムの父と息子(正確には妻の子)の関係もいい。

 場面で好きなのは、結婚式がミュージカルのように盛り上がる場面。イギリスならありそうと思える"サプライズ"だ。

 おかしな映画に出演する男女のストーリーがある。あの映画はいったいなんなのだろうと思っていたところ、あの2人は実際の俳優が出てくる前に試し撮のために主要な場面を演じる役なのだということがDVDのおまけの映像の説明でわかった。

 ひとつひとつのストーリーの紹介はこちら。ただしネタバレ全開なので、クリックする時は注意!
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2004年
監督:リチャード・カーティス(「ミスター・ビーンTV版」「ビーン・制作指揮」「ノッティングヒルの恋人」「ブリジット・ジョンズの日記」)
●首相と秘書/ヒュー・グラント(「日の名残り」「ウェールズの山」「ブリジット・ジョンズの日記」「ノッティングヒルの恋人」「恋するための3つのルール」)&マルティン・マカチョン
●ダニエルとサム(息子)/リーアム・ニーソン(「ギャング・オブ・ニューヨーク」)&トーマス・サンスター
●ジェイミーとオーレリア/コリン・ファース(「真珠の耳飾りの少女」「ブリジット・ジョーンズの日記」「恋に落ちたシェイクスピア」「イングリッシュ・ペイシェント」)&ルシア・モニッツ
●ハリーとカレン/アラン・リックマン(「ハリー・ポッターと賢者の石」)&エマ・トンプソン(「日の名残り」「ウインター・ゲスト」)
●サラとカール/ローラ・リニー(「デーヴ」「トゥルーマン・ショー」「ライフ・オブ・デビッド・ゲイル」)&ロドリゴ・サントロ「ビハインド・ザ・サン
●ビリー(老ロック歌手)とジョー/ビル・ナイ&?
●ジュリエットとピーターとマーク/キーラ・ナイトレイ(「パイレーツ・オブ・カリビアン」)&?&アンドリュー・リンカーン
●コリンとアメリカンギャル/クリス・マーシャル
●ジュディとジョー/ジョアンナ・ペイジ&マルティン・フリーマン
●店員/ローワン・アトキンソン(「ローワン・アトキンソン・ライブ」「ビーン」「ブラック・アダーTV」)
●米国大統領/ビリー・ボブ・ソントン(「アルマゲドン」「チョコレート」)
*「 」内はその人の作品のうち見たことのあるものの題名

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