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2008/03/24

『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』"Borat"

☆とんでもないモノを見てしまった。これを見たことはみんなには内緒にしておこう。

ボラットは下品で、あまりにも"KY"なガイジンで、見ていられない。文字通り見ていてはまずいような気がしてくる。まあ、ボラットは見ていなくても良いのかもしれない。見モノなのは、そのボラットのあんまりなあんまり振りに接する、良心的で"善良な"アメリカ人達なのだから。

↓↓以下ネタバレ注意↓↓

天然なボラットがニューヨークのセントラルパークの植え込みをトイレにするのを見て、著しく眉をひそめる"善良な"アメリカ人。しかし、何も言えない。フェミニスト団体の人たちも、ボラットの女性蔑視の発言に怒ってはいるが、せいぜい「それは間違いです」と言い、話が一段落ついたところで席を立つ程度。ユーモア教室や自動車教習の講師は本当に善良で気の毒になる。

本当に本当に善良なB&Bを営むユダヤ人老夫婦に至っては、気の毒としか言いようがない…が、この話の流れから想像すると、この老夫婦は「良い人達だったのに、なんでお金を置いて早々に出発してしまったのだろう」と思うだけなのだろう。

自宅に招待した異文化理解者の中途半端振りには、どこかにいそうなタイプで苦笑いした。なんだかんだ言いながらセールスマンとしての顔を崩さずがんばる人やテレビ局の人たちの慇懃無礼な様子も私は笑ってしまった。

これを見て、カザフスタンがこんな国だなんて思う人はいるはずがない。見るべきものは、アメリカ人の戸惑ったり、とりすましたりする顔のほうなのだから。

IMDbのサイトのFAQによると、この映画6つもの訴訟を起こされているそうだ。許可を得ずに撮った話などを読むと、やっぱり、この映画を見たことは内緒にしておかなくてはと思う。

2007年/監督:ラリー・チャールズ/サシャ・バロン・コーエン

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2008/03/20

『ラスト・キング・オブ・スコットランド』"The Last King of Scotland"

☆感情移入のポイントが見つけられない。

ウガンダの大統領、アミン役のフォレスト・ウィテカーの熱演は文句なく素晴らしい。しかし、映画の焦点は彼ではなく、先進国からやってきた普通の若者の無責任な行動のほうであって、テーマもそこにある。

理想があって僻地に来たわけでもない、ドクターになりたての若者。先進国のエリートの医者だけれど、それ以外何の勉強もしてこなかったの?と言いたくなる無防備で無責任な行動。未熟な者の持つ素直な澄んだ目もあまり感じられない。感情移入のしどころがなくて、とまどいながら見た。

主役ではないのだから当然だが、アミン大統領が、理想に燃えた指導者から疑心暗鬼の"人食い"に変わっていく過程も、感情移入できる程に詳しくは描かれていない。

危ない、どうなってしまうの、という緊張感で最後まで引っ張られていくが、感情移入のしどころがない映画は気持ちの持って行く先がなくて、ちょっと苦しい。同じテーマなら、地味でさらに暗い面もあるが、「リターン・トゥ・パラダイス」のほうが考えさせられる面がある。

この題名、どうしてLast King of Scotlandなのだろう。

↑ここに答えが書かれていました。後日、要約する予定。

2006年/監督:ケヴィン・マクドナルド/フォレスト・ウィテカー「フォーン・ブース」「パニック・ルーム」/ジェームズ・マカヴォイ

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2008/03/17

『ボビー』"Bobby"

☆アメリカの青春時代の終焉

アメリカ合衆国の青春時代がジョン・F・ケネディの時代だとすれば、ロバート・F・ケネディ(=ボビー)の死はその時代の終焉。人が自分の青春時代を懐かしく振り返るように、アメリカはその時代を思い出す。だから、これだけの豪華キャストが集まり、脇役であっても喜んで出演し、それぞれの思いを込めてこの映画を作ったのだと思う。

青春は理想を実現可能なものとして感じることができる時代。映画は、当時のボビーの映像をそのまま使い、各地を遊説しながら人々が普通に暮らし、働くアンバサダーホテルに近づいてくる様子を映す。彼の演説は本当にすばらしい。心に響く。

アンバサダーホテルに集う大勢の普通の人々のそれぞれの小さなストーリーがオムニバスタッチで描かれる。違う環境、違う境遇、違う階層に生きる人々だが、どこかで同じ時代の影響を受けている。バックグラウンドミュージックのように流れるボビーの存在とその理想に燃える姿が、人々の心にほんの少しずつ明るさを植え付けてくれる。そして、それぞれの日常が少しずつ明るくなっていく。政治が人々の心に灯をつけることができた時代だ。

若いアメリカの理想がそこにあった。ベトナム戦争の過ちという影に悩みながらも、自分がアメリカ人であることを誇りに思える瞬間を得ることが可能な時代だった。

青春を通り過ぎ、大人になり、物の価値が単純には決まらないことに気づき始めたアメリカ人は、それでもなお、良き事を求めて、この映画を見るのだろう。

2006年/監督:エミリオ・エステベス/アンソニー・ホプキンス「プルーフ・オブ・マイ・ライフ」「白いカラス」「9デイズ」「アトランティスのこころ」「ハンニバル」「ハーモニーベイの夜明け」「ジョー・ブラックをよろしく」「アミスタッド」「日の名残」「羊たちの沈黙」「チャーリング・クロス街84番地」/デミ・ムーア「G.I.ジェーン」「ア・フュー・グッドメン」/シャロン・ストーン「ハリウッド・ミューズ」/エミリオ・エステベス/ウィリアム・H・メイシー/ローレンス・フィッシュバーン

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2008/03/11

『アポカリプト』"Apocalypto"

☆疑問符はたくさん付くのに、すばらしい!と言いたくなる作品

こんなに大量の血を映像化して見せる必要があったのだろうか、人を切り裂く音をあんなにはっきり出す必要があったのだろうか、有名なあのピラミッドでは、本当にあんなお祭り騒ぎの儀式が行われていたのだろうか等々、頭の中は「?」でいっぱいになる。しかし、見終わると、すばらしい!と思ってしまう。

特に、あのマヤ文明が花開いている古代都市。あの映像的描写はすばらしい。不思議な踊り。青ペンキを塗りにくる人達の取り憑かれたような様子。貴族らしい人々。娼婦かなと思える一団。市場の雑踏。貧困と富裕層。そこを引き回され、驚きと恐怖がないまぜになり、唖然とした表情を浮かべる捕虜達は、まさに映画を見ている自分自身だと思えてくる。そして、この不可思議なものは、狂乱して咲き乱れる間違った文明だというメッセージが伝わってくる。

そして、マヤの文化が本当にあんなだったのだろうかと疑問を持った瞬間、ああ、これはメタファーなのだと気づく。マヤ文明がどうであったではなく、現代社会の文明をこういう形で描こうとしたのだ。「恐怖」が心に棲みついてしまった人間。「恐怖」に過剰反応して間違った方向に突っ走り、成熟し、腐るほどに発酵し、「進化」していく文化。その象徴的な描写なのだということに気づく。

森の民は恐怖に支配されない人々。主人公の家族は、滅ぼされてしまった古代の人間というよりは、アメリカ人の持つ、家族の原風景なのだ。

2007年/監督:メル・ギブソン

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2008/03/07

『シェルタリング・スカイ』"The Sheltering Sky"

☆北アフリカのアラブ世界が美しい。

この映画が作られる以前のモロッコを、両親に連れられて旅したことがある。その時の、サハラ砂漠の日の出を見た感動が蘇った。砂ではない荒れ地の「砂漠」をずっとずっと行った先に見たさらさらの砂の砂漠、信じられない美しさだった。初めて見るオアシス、椰子の木が砂漠の中にドーンと出現する様にも、砂漠の民にも、すべてに心を揺さぶられた。

この映画はその感動を、旅した時と同じように伝えてくれる。実際、困難な旅で時間を掛けて撮影することになったクルーの気持ちがにじみ出ているのだと思う。当時は、少し奥地に入ると、この映画のように、お湯どころか水もあまり出ず、食事も粗末な、「高級ホテル」しかない場所がずっと続いた。ジョン・マルコビッチの演技もすばらしいし、デブラ・ウインガーも美しい。そして音楽がすばらしい、と思ったら、坂本龍一だった。

しかし、原作者は、アラブ世界の砂漠の美しさ以外に伝えたかったことがあるのだろうか。ラブストーリー? 特典映像のコメンタリーを見た。制作者は、原作ではキットが1人旅になって砂漠の民にレイプされることになっていたが、ここに出てくるトゥアレグ族は女性を尊敬し丁重に扱う文化を持っているので、原作とは違う話にしたと言っている。

私は砂漠の民の若き指導者が、キットを見つけて、まるで宝物を見つけたように喜び、天真爛漫に彼女を求める姿を見て、このような「愛」は、傷ついたキットの心の一面を癒すことができるだろうと感じた。だから、これがレイプの場面だったと聞いただけで、原作者の意図を理解しようとする気持ちがすっかり消え失せてしまった。ここにそんな場面を入れて話を進めようとするような発想しか持てない夫だったら、妻の気持ちも冷めるだろうなどと、考えはあらぬ方向に行ってしまう。

しかし、撮影クルーの感性のおかげで、映画自体は、イスラム世界の北アフリカと砂漠を美しく描き出している。

話の前後に原作者のポール・ボウルズを登場させたのは、彼に話の落としどころを語らせて、責任を取らせようとしたからではないかなどと邪推してしまった。

1990年/監督:ベルナルド・ベルトルッチ/デブラ・ウィンガー/ジョン・マルコビッチ「マルコビッチの穴」「二十日鼠と人間」「危険な関係」/キャンベル・スコット

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2008/03/03

『未来惑星ザルドス』"Zardoz"

☆70年代の理想の香りが漂ってくる。

若い頃のシャーロット・ランプリングとショーン・コネリーが見られるということで借りた。若くて輝いていたが、2人共、素敵に年を重ねていることもわかった。年輪のある2人のほうが魅力的だ。

映画は、70年代の「あの」と言われる時代の香りがする。インドにあこがれたり、ヒッピーが文化になったりという時代の理想がこういう形だったのだと思って見ると、滑稽なほど不自然な部分もあるのに、当時の人々の理想に対する真剣さが伝わってきて興味深い。

といっても、これはそのユートピアがひとつ間違った時に陥るエセ・ユートピアみたいなものを批判的に描いているわけで…。

結局、これは何を言いたかったのだろうと理解しきれない部分もたくさん残るのに、強烈な印象を伴って、様々な場面が目に焼き付いてしまう。

1974年/監督:ジョン・プアマン/ショーン・コネリー「リング・オブ・レジェンド」「小説家を見つけたら」「エントラップメント」「ザ・ロック」「ドラゴンハート」「理由」「ライジング・サン」「薔薇の名前」「風とライオン」/シャーロット・ランプリング「家の鍵」「スイミング・プール」「まぼろし」

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