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2007/02/08

『シティ・オブ・ゴッド』"Cidade de Deus"

☆子供に殺しを演じさせるところさえ除けば、すばらしい映画だと思う。

すごい映画だということは認める。しかし、小学生くらいの子が同年代の子を殺す場面があることと、子供にそういう演技をさせているところは認められない。「スラムの子供を出演者に使った」「彼らに希望を与えた」というようなことが免罪符になるとはとても思えない。

上記さえ別にするなら、すばらしい映画だと思う。殺しの場面を、流れる血や銃声を強調して表現するのではなく、殺した側の「狂喜の表情」「力を得た喜び」といったもので表現することによって、映されていないところに存在する悲惨さや恐怖が倍増するように描かれている。

この映画が描くギャングは、世継型のボスがまとめるマフィアや暴力団とは違う。不良の子供の一団が、武器を手にし、そのままティーンズとなり、麻薬を売り、組織を作り、さらに強力な武器を買い、武力抗争をするまでに成長してしまうところに特徴がある。そして、そこが「文明社会」に住む私たちを震撼させるところとなる。

個人の年齢的成長と、組織の成長が並行して進むので、組織の変貌は彼らの青春の軌跡と一致する。ごく普通の子供が経験しておかしくない「青春」がそこには透けて見える。そこで、つい、その感傷的な部分に共感しかけてしまう。しかし、この映画はそこに留まってはいない。他人の痛みを感じることができない幼さが、暴力行為へと形を変え、そのまま組織を包み込んでいく。マフィアが持つような「一族の絆」のようなものも存在しないまま暴力的集団へと突っ走る。

スラムの生活には希望がない。普通に労働して生活を築くことさえ夢でしかない。そういう環境の下では、麻薬を売ることによって大金が手に入ることと、銃を持つことで力が手に入ることは突出した夢のようなものとして存在することはわかる。最初の燃料襲撃事件で象徴されるように、ギャングの不法行為とスラムの生活が密着していることもわかる。それゆえギャングの中に、悪い人と良い人が混在することもわかる。麻薬の製造販売が、普通の家内制手工業や小規模経営の商店と同じように、地道でショボい面があることを指摘しているのも興味深い。

しかし、そんな「普通」と似たものの集まりが、想像を絶する世界を作り上げてしまっているメカニズムがわからない。たぶん、そもそもその「神の街」が作られたところにその起源があるのだろう。

2002年/監督:フェルナンド・メイレレス「ナイロビの蜂

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コメント

どうもですー。
この映画はカメラマンの視点からリアリティ追求をしすぎてかなり怖い映画でしたよねー。
日常があのような環境だと日本ではトンでもない話ですからねー。
生きていく事とは言え子供が簡単に銃を手に出来る世の中って恐ろしいです。
世の中歪んでるよなーと思っちゃう作品ですね…

投稿: KAZU | 2007/02/10 10:48

KAZUさん、いつもありがとうございます。

銃を手にするかわりに、彼はカメラを手にすることで、外に出る切符を手にするわけですよね。カメラと銃とでは、どちらのほうが値段が高いのだろうと思ってしまうのですが、あそこでは、銃のほうが簡単に手にすることができる。そんな現実に暗澹たる気持ちで打ちのめされてしまいました。

投稿: ちんとん@ホームビデオシアター | 2007/02/14 22:52

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