『シャイニング』Stephen King's The Shining"
同じ題材、同じストーリー展開でここまで違うものを描くことができるものなのかと感心してしまった。それほど、スタンリー・キューブリック版(1980年)とスティーブン・キング版(1997年)のテーマは違う。
まず、父親像が違う。ニコルソンの演じる父親には最初から怖さがどこかに隠れていたし、息子ダニーに対する愛情が感じられるような部分はほとんどなかった。一方、キング版の父親は、優しさがあり、それが彼の人間的弱さにもつながってはいるが、ごく普通の息子思いの父親だ。ダニーはそんな父親が大好きで、すがる相手として母親ではなく父親を選んできたことがわかる。その上、ダニーは作家になろうと努力する父親の小さな理解者でもあるのだ。
さらに、キング版では、ダニーのシャイニングの能力と父親に対する思いがストーリー展開に重要な意味を持つことになる。キューブリック版でのダニーは傍観者としての意味しか持っていない。予知能力者を無力な傍観者に持たせることで、どうにもならない大きなできごとを前にしての観客の恐怖は高まるから、駒としては上手な使い方だ。しかし、そこには父親への特別な思いはあまり感じられない。
キング版のテーマは家族愛だ。人間の弱さにつけこむ「狂気をもつホテル」は、その家族愛を飲み込みにかかる。一方、キューブリック版の主役はホテルそのものだ。人物は皆、あまり意味を持たない。あやつり人形のようなものだ。それは、シャイニングの理解者である料理人ハローランがああいう扱いであることにも表れている。登場人物は皆、恐怖を表現する手駒として使われているだけなのだ。人物を描いたキング版とは全く異なる。
しかし、キング版に感動し、長いDVDを見終わった時、キューブリックの希有な才能を再認識することになってしまった。キング版を見て、家族愛の感動に浸っているのに、主要な場面はどうしてもキューブリック版とダブって思い出されてしまうのだ。やはりキューブリック版のシャイニングはすごいと思った。すべてをそぎ落とした表現に冷たい感触と、天才的なものを感じた。ただ、それと同時に、キューブリックという人がちょっとだけ嫌いになった。
キング版からは温かい感触が伝わってくる。いつものキングの小説と同じだ。
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コメント
リメイクって前の作品元にするから完成度は上がる。
しかも長時間とってるからいろいろやりやすい。
原作どおりがいいというスティーアブンマニアの気持ちはわかるけど
最初に作った時に口出ししてればいい。
山荘で取り付かれていく人間に家族愛描写たくさんはいらないし
親子の和解などがほしいならそうしろと言えばいいのにな
投稿: ただ | 2007/03/16 11:21
たださん、コメントありがとうございます。
同じキングのもので、「アトランティスのこころ」は原作も読みましたが、これも映画と原作は全然違います。それぞれに完成度が高いと感じました。
時系列的に言うと、映画は原作のちょうど半分のところで終わっています。映画は完成度が高いし、テーマは全然違ってしまっているけれど、すばらしい作品だと思います。あれを原作通りの長さ(←小説上の)で映画にしてしまったらおもしろくなさそう。映画は独立の作品だから、原作とは別のものとして観たいと思っています。
キング版の「シャイニング」の特典映像で、キングが語っている場面があるのですが、キューブリック作品のことは誉めています。原作者として、キングは映画監督に口出ししない主義なんじゃないかなと思います。
リメイクと言っても、「オーメン」など前の作品とほとんど同じに作ってあって、いろいろあるんだなあと思います。いろいろな人のいろいろな思いが詰まって、さまざまな形になるんでしょうね。
投稿: ちんとん@ホームビデオシアター | 2007/03/16 12:53