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2005/02/27

配給会社の映画の見せ方『シックス・センス』"Sixth Sense"

 この『シックス・センス』、私はアメリカの映画館で見た。まだ全然話題になっていない時に何の先入観もなくふらっと入った。コール少年の演技にただただ感心し、一緒に恐がり、マルコムと一緒に悩み、そして驚き、最後にびっくりした。

 その地域の映画館では、最後のクレジットまで残って見る人はほとんどいない。みんな話が終わるとさっさと帰って行く。ところがこの映画の時だけは、違っていた。終わった途端にシーンとなって、誰も席を立たなかった。それから、ひそひそとまわりの人たちと話し合い始めた。「え?ってことは…」と。「じゃ、…ってこと?」 こんなことはそれまでに一度もなかったことだった。

 日本の映画館では、この映画が公開された時、最初にブルース・ウィリスが出てきて「この結末を誰にも話してはいけません」と語りかけると聞いてびっくりしてしまった。そんなことをしたら、最後にどんでん返しがあるとバラしているのと同じではないか。

 イギリスの劇場で、もう何十年も上演され続けている有名な探偵物がある。出版もされている話だが、問題の人物が「このどんでん返しを誰にも教えないでください」と観客に向かって話しかけるところが伝統として残っている。しかし、それは全部見終わって、最後の最後に話しかけるのである。

 「最初からわかってしまった」という人たちのコメントを読んで残念な気持ちになった。このブルース・ウィリスの語りかけを宣伝に使って、謎解き競争をさせて観客を集めようと思ったのかもしれないが、それは、本当の意味での味わいをなくすものだと残念でしかたがなかった。

[追記:この文章はつっきーさんの「アンブレイカブル」に触発されて書いたものです。その後もおもしろいコメントのやりとりが展開されています。(2/28)]
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1999年
監督:ナイト・シャマラン(「ヴィレッジ」「サイン」「アンブレイカブル」「スチュアート・リトル」「翼のない天使」)
マルコム/ブルース・ウィリス(「隣のヒットマン」「アンブレイカブル」「アルマゲドン」「フィフス・エレメント」)
コール少年/ヘイリー・ジョエル・オズメント(「ペイ・フォワード」「ぼくの神様」「A.I」「ベイビー・トーク」)
リン/トニ・コレット(「イン・ハー・シューズ」「チェンジング・レーン」)
アンナ/オリヴィア・ウィリアムズ(「ピーター・パン」)
医師/ナイト・シャマラン
*「 」内はその人の作品のうち見たことのあるものの題名

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2005/02/26

『理由』"Just Cause"

 私は監督の意のままに操られる"良い観客"なので、「ええ?そうなるの?」とハラハラドキドキ、最後まで価値観をくるくると変えながら引き込まれるように見てしまった。

 しかし、ポール(ショーン・コネリー)の中で「死刑廃止論」は結局どうなったか。正義はどこにあるのか。信仰心は、人種差別はといったたくさんの問題が描かれているのだが、どれについても、深い部分は今ひとつわからなかった。原作にはしっかり書かれているのだろうか。

 エド・ハリスの演じる殺人鬼はすばらしくモノを語っていた。どんな役でもこなせる人なのだと、改めて感心した。

 *死刑制度が描かれている映画には他にこんなものがあります。
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1995年
監督:アーネ・グリムシャー
ポール・アームストロング/ショーン・コネリー(「小説家を見つけたら」「エントラップメント」「ザ・ロック」「グッドマン・イン・アフリカ」「薔薇の名前」)
タニー・ブラウン/ローレンス・フィッシュバーン(「マトリックス-3作品」「地獄の黙示録」)
ローリー・アームストロング/ケイト・キャプショー
ボビー・アール/ブレア・アンダーウッド(「ディープ・インパクト」)
ブレア・サリバン/エド・ハリス(「白いカラス」「スターリングラード」「めぐりあう時間たち」「ビューティフル・マインド」「トゥルーマン・ショー」「ザ・ロック」「アポロ13」「奇跡の詩」)
娘/スカーレット・ヨハンソン(「真珠の耳飾りの少女」「アイランド」「ロスト・イン・トランスレーション」)
*「 」内はその人の作品のうち見たことのあるものの題名

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2005/02/24

『クロコダイルの涙』"The Wisdom of Crocodiles"

 この吸血鬼を演ずるのにジュード・ロウ以上のはまり役がいるだろうか。怖いほどの美しさ。妖しい魅力。自分を愛する女性の血を吸うことによってのみ生きることができる悲しい性(さが)。

 医師スティーブンは、女性から吸い取った生き血を体内で結晶化して吐き出し、大切に取っている。しかし、結晶となったものは彼が求めているものではなく、彼に対する絶望や怨恨などの忌まわしい物ばかり。本当に欲している、愛情の結晶を得るために、最高の状態で血を吸おうとするのだが…。そのうち、彼自身の中に芽生えた感情が彼を苦しめ始める。スティーブンの獲物であるアンもまた…。

 吸血鬼は本当に悲しい。
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1998年
監督:レオン・ポーチ
スティーブン/ジュード・ロウ(「クローサー」)
レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語」「コールド・マウンテン」「ロード・トゥ・パーディション」「スターリングラード」「A.I」「リプリー」「ガタカ」)
アン/エリナ・レーヴェンソン
刑事/ティモシー・スポール(「レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語
「ラスト・サムライ」)
*「 」内はその人の作品のうち見たことのあるものの題名

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2005/02/23

『スタンド・バイ・ミー』"Stand by Me"

 最後に流れる曲のメロディーと共に、もう戻って来ない子どもの頃を思い出して、胸がキュッとなる作品。

 少年たちはそれぞれの不幸な家庭環境を抱えながらも、普段は木の上に作った隠れ家に集まって、ちょっとした悪いことをして遊び、少年時代を過ごしている。そんな4人が、列車にはねられた死体を探しに行こうと思い立った時から、冒険の旅が始まる。

 冒険や友情の思い出がある人はもちろんのこと、ない人でさえ、懐かしさに胸を熱くするだろう。そして、理不尽な大人の行動や、子どもへの心ないひと言に怒りを覚える。未来が明るく感じられない日々。しかし「冒険」はそれを乗り越えるための力を与えてくれる。

 「冒険」する子どもが思い切り「冒険」できるように、静かに見守ってやれるような大人でありたいと、大人になってしまった私は思う。クリスとゴーディの会話には、人を根底で支えるのに必要なものがあふれていた。

1986年/監督:ロブ・ライナー/原作:スティーヴン・キング「シークレット・ウィンドウ」「アトランティスのこころ」「グリーンマイル」「スティーヴン・キングのシャイニング」「ショーシャンクの空に」「イット」「やつらはとこどき帰ってくる」「シャイニング」「キャリー」「ミザリー」/クリス:リヴァー・フェニックス/ *「 」内はその人の作品のうち見たことのあるものの題名

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2005/02/21

『カラー・オブ・ハート』"Pleasantville"

 デイビッドと双子の妹ジェニファーが、古い白黒テレビのホームドラマ「プレザントヴィル」の中に入ってしまうことから始まる話。

 実際の画面も白黒になる。ノスタルジックなモノトーンの世界が広がる。朝起きると、ママの作った、古き良き時代の完璧な朝食が待っていて、バスケットボールはいつもゴールに入る。セックスなんてないし、トイレには便器もない。前衛芸術もあり得ない。善人ばかりの村で、飽きるほどの「平和で幸せな生活」が繰り広げられている。

 そこに迷い込んだ2人の行動は村に小さな亀裂を引き起こす。2人にとっては普通の疑問であっても、それを投げかけると、村の人達の間に小さな波紋が広がる。その波紋の中で、人々が感情を持つたびに少しずつ白黒の画面がカラーとなっていく。色づいていく物、そして人。もちろん、話はそれだけでは終わらない。

 白黒の画面の中に広がっていくカラーが、その象徴するものとともに魅力的な映像を作る。
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1998年
監督:ゲイリー・ロス
デイビッド/トビー・マグワイア(「サイダーハウス・ルール」)
ジェニファー/リース・ウィザースプーン(「クルーエル・インテンションズ」)
*「 」内はその人の作品のうち見たことのあるものの題名

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2005/02/16

『アイズ・ワイド・シャット』 "Eyes Wide Shut"

!!!!ネタバレ注意!!!!
映画を見ていない人は読まないほうがいいよ!

 荒唐無稽、信じられない展開、不思議な人達、唐突な愛の告白、背徳的な空間。なにがなんだかわからないまま、しかし、不気味さとサスペンス的展開に引きつけられて不可解なまま見終わった。

 この謎を解きたくて、アメリカのサイトのレビューを見ていったところ、どこからが夢なのだろうかという論議が展開されていた。え?夢だったの?と意表を突かれたのだが、もう一度、そういう目で最初から見直したところ、納得できた。

 ウィリアム(トム・クルーズ)は何度も魅力的な肉体の女性といいところまで行くのに、毎回、何かしら邪魔がはいって何も起きないで終わる。あの、圧巻の仮面パーティの後、何が起こっても不思議はないような危険が待ち受けているはずなのに、実際には何も起きない。まさに夢だ。さらに、妻の唐突なことばで突然暗転して映画が終わるところを見て、やはり、これは夢だったのだと思った。題名はこのことを示唆しているのだろう。

 平凡だけれど普通に裕福で、世間からは信用される仕事をまじめにこなし、正しい生活をしているウィリアム。良き妻(ニコール・キッドマン)を持つ夫。その深層心理にあるさまざまな願望がこの「夢」に共振していく。そのタブーに関わる部分はすばらしく生き生きと描かれていた。あの屋敷での「儀式」の音楽と歌はすばらしい。静かで、流れるような動きは背徳的というよりは、美しさを感じる。しかし、ウィリアムはその「夢」の中で終始傍観者であり続ける。ただ、見ているだけ、大きく目を見開いて(eyes wide)。といっても夢の中だから目は閉じて(shut)いるわけだ。

 夜の闇のあの青い美しい光と、室内に何度か使われていたオレンジ色の照明は何を象徴しているのだろう。型にとらわれず、自由に想像し、創造する、心理の奥底に隠れている妄想さえも含めたもの、そういう自由な人間の根幹をなすものへの讃歌が描かれているのだろうか。私にはまだ消化しきれていない部分が多いのだが、何度も味わって謎解きをしていきたい魅力を持った映画だと思った。
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1999年
監督:スタンリー・キューブリック(「シャイニング」「2001年宇宙の旅」「バリー・リンドン」)
音楽:ジョスリン・プーク
ウィリアム/トム・クルーズ(「コラテラル」「ラスト・サムライ」「マイノリティ・リポート」「マグノリア」「バニラ・スカイ」「レインマン」)
アリス/ニコール・キッドマン(「ムーラン・ルージュ」「白いカラス」「コールド・マウンテン」「ドッグヴィル」「めぐりあう時間たち」「アザーズ」「プラクティカル・マジック」)
*「 」内はその人の作品のうち見たことのあるものの題名。

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2005/02/14

B級映画自慢『アイドル・ハンズ』"Idle Hands"

 誰が見ても、文句なくB級という映画。

 麻薬ばかりやっている高校生の主人公。自分の部屋で友人達と麻薬にうつつをぬかしている間に両親を悪霊に殺されてしまう。それなのに、両親が死んでいることにさえ気付かないほど朦朧としている。

 そうこうしているうちに、自分の右手が悪霊に乗り移られ、自分の意志と関係なく隣人や友人までを惨殺していく。その手に殺され死んでいった友人は、ゾンビとしてよみがえる。それなのにその友人達は、友情に厚く、頭に瓶がささったゾンビになりながらも彼の味方。悪霊払いをしようと応援する。

 これをコメディで描くのである。心底、ばかばかしくなる。よく最後まで見たなあという映画だ。しかし、典型的なコメディだけでなく、セックス・コメディ、さらにはホラー・コメディまで作ってしまうハリウッド映画のコメディへのこだわりには感心するばかりだ。
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1999年
監督:ロッドマン・フレンダー
アントン/デヴォン・サワ
ミック/セス・グリーン(「オースティン・パワーズデラックス」「オースティン・パワーズ」「待ちきれなくて…」)
モーリー/ジェシカ・アルバ

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2005/02/13

『白いカラス』"The Human Stain"

 白人の容姿を持って生まれついた黒人コールマンは黒人であることを隠してハーバード大学に進学し、小さな大学の教授となる。ところが、講義中に発した一言をもとに黒人差別者として糾弾され、30年以上も勤めた大学を辞職に追い込まれる。しかし、黒人であることを告白さえすれば救われるという、その期に及んでも自分が黒人であることは告白できない。それほど、その嘘をつかざるを得なかった苦悩は重く、その嘘をつくことによって心の中に広がっていった「シミ(stain)」は深いものだったのだ。

 コールマンだけではない、特権階級に生まれながら、性的虐待を受け、家を飛び出し、結婚してからも不幸に陥っていったフォーニア、そしてベトナム戦争から帰ってきたその夫。すべてが深く沈潜していく「シミ(stain)」を抱えている。

 しかし、壮絶な過去を持ちながらも、彼らは静かで、その感情は内部に埋め込まれているように見える。悲しみに疲れ果て、他人との交わりを拒否する孤高の人々。その魂と魂が触れあう時、初めて小さな平安が訪れるのだろう。

 「シミ」を抱えた人達の、奥底に秘められた人間的感情を、押さえた演技の中からにじみ出すように、しかし確実に感じさせる名優たち。アンソニー・ホプキンス、ニコール・キッドマン、エド・ハリス、ゲイリー・シニーズ、すべてがすばらしい演技だった。
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2003年
監督:ロバート・ベントン(「クレーマー・クレーマー」)
コールマン・シルク/アンソニー・ホプキンス(「プルーフ・オブ・マイ・ライフ」「ハンニバル」「羊たちの沈黙」「日の名残り」)
フォーニア/ニコール・キッドマン(「ステップフォード・ワイフ」「ムーラン・ルージュ」「アイズ・ワイド・シャット」「コールド・マウンテン」「ドッグヴィル」「めぐりあう時間たち」「アザーズ」「プラクティカル・マジック」)
フォーニアの夫/エド・ハリス(「めぐりあう時間たち」「スターリングラード」「ビューティフル・マインド」「トゥルーマン・ショー」「ザ・ロック」「アポロ13」「奇跡の詩」)
/ゲイリー・シニーズ(「グリーン・マイル」「クローン」「ミッション・トゥ・マーズ」「スネーク・アイズ」「アポロ13」「フォレスト・ガンプ一期一会」「二十日鼠と人間」)

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2005/02/09

『ダンス・ウィズ・ミー』"Dance With Me"

 ダンスもラテン音楽も詳しくないが、この映画を見て、キューバの音楽って、ダンスって、そして、キューバの男の人っていいな(はあと)と思ってしまった。

 キューバからハンディマン(雑用係)として、テキサスにあるダンス・スタジオにやってきたラファエル。スタジオのダンス教師であるルビーはラスベガスで開かれる競技ダンス大会を目指して猛練習に励んでいる。ルビーとそのダンスパートナーとの関係はなにやら問題がありそう。ラファエルとその母の親友である同郷人ジョンとの関係もいわくありげ。問題はさまざまに絡み合いながら、大会本番へと話が進んでいく。

 見どころはなんといっても、ダンス。ヒロインのほうは、まじめにまじめにステップを考え、トレーニングを積んでという洗練された求道的でさえあるダンスを目指す。一方、主人公は音楽にのって、ダンスは楽しまなくてはと考えている「本場ラテン」のダンスを身につけた男。遊び人風の女の子と踊る時はそれらしく、若い子には踊りに変化を加えてスリルを楽しませ、お年寄りと踊る時は、情熱的に持ち上げ暖かくそっと下ろしといった具合。ダンスを見ているだけで、女性の観客は「男の人はやっぱり包み込むみたいに優しくなくっちゃねえ」などとうっとりすること間違いなし。

 大会当日の競技ダンスはすばらしい。芸術としての表現力、闘争心、気持ちのぶつかり合い、愛情、情熱、すべてがダンスで表現されていく。

 役所広司主演の「シャル・ウィ・ダンス」がリチャード・ギア主演でリメイクでハリウッド映画化されると聞いたので、その前にこの映画のことを書き留めておきたいと思った。
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1998年
監督:ランダ・ヘインズ
ラファエル/チャヤン
ルビー/ヴァネッサ・ウィリアムズ

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2005/02/07

『オペラ座の怪人』"The Phantom of the Opera"

 ウエスト・エンドの劇場でこのミュージカルを見たことがある。ファントム(怪人)の声は本当に素晴らしかった。生のオーケストラをバックに歌う切々とした恋の歌は心に染みわたり、怒りの歌はオペラ座全体を貫く。まさに、怪人はオペラ座の魂そのものだった。ファントムに歌の魂を授けられたクリスティーヌは初舞台に立つ。まだ咲いたばかりの花のような、震える若さが初々しく美しい。それがまた声にあらわれていた。

 その「声」によって綴られる物語は、ひとに恋をしてしまったファントム(怪人)の悲恋の物語だった。私がクリスティーヌなら、自分の才能を引き出し、愛してくれる人が化け物だとわかったとしても、闇の世界に身を投じて、音楽の世界で生きていきたいと思うだろうにと感じさせる声だった。

 映画はかなり忠実にアンドリュー・ロイド=ウェバーの舞台を再現していた。しかし、映画になったことで、アップで映し出される表情によって語られるものが増し、殺人の生々しさが増し、また、怪人の人間という側面が強調されることになった。それによって、殺人には裁きの感情が必要になり、マスクの下の顔に対する配慮を示すストーリーが必要になった。そして、話は明確になり、2人の男に思いを寄せられ引き裂かれる若い女性の物語になった。

 映画は映画で良かったのかもしれないけれど、これを見て、私はすぐにでもまた、あの舞台のファントムに会いに行きたくなってしまった。
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2004年
制作・作曲・脚本/アンドリュー・ロイドウェバー(「ジーザス・クライスト=スーパースター」「エビータ」「キャッツ」「スターライト・エクスプレス」「ヨセフ・アンド・ザ・アメージング・テクニカラー・ドリームコート」「サンセット・ブルーバード」)
監督・脚本/ジョエル・シュマッカー
怪人/ジェラルド・バトラー
クリスティーヌ/エミー・ロッサム(ディ・アフター・トゥモロー」)
ラウル/パトリック・ウィルソン
ファーミン/サイアラン・ハインズ(「ミュンヘン」「ロード・トゥ・パーディション」「オスカーとルシンダ
*「 」内はその人の作品で見たことのあるものの題名

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2005/02/05

『ラブ・アクチュアリー』"Love Actually"

ネタバレなしの普通の感想はこちらをご覧ください。
以下はそれぞれのストーリーの紹介。ネタバレ全開です。

!!![ネタバレ全開]!!![ネタバレ注意]!!!

●ダニエルとサム(息子)
 この話はすごくいい。ダニエルは若い妻と結婚。妻の連れ子がサム。話は、その妻のお葬式から始まる。血のつながっていない2人の関係が始まる。ダニエルは小学生のサムのほほえましい悩みに正面から向き合い、一人前の大人と同じように扱い、話を聞く。おませなサムも恋に真剣で、とてもかわいい。

●ジェイミーとオーレリア
 妻を弟に寝取られた作家のジェイミー。フランスの美しい別荘に籠もって執筆活動をする。そこに紹介されて来たのが、ポルトガル人の家政婦オーレリア。片言のフランス語がやっと話せるだけのジェイミーと、フランス語も英語もできないオーレリアは話は通じないのだが、心は通じ合っていく。
 それなのに、この滞在期間中はごく普通に別れ、再開した時は、2人とも相手のことばを必死に習得していたというのがとても良い。求愛の場面は、滑稽なほど大がかりだけれど感動的。

●ビリーとジョー
 ここまではじけている老ロック歌手はいいなあ。"怪演"のビリー。ビリーに振り回されるジョーの表情がまた良い。

●ジュリエットとピーターとマーク
 この話はとても悲しいけれど、とても良い。
 親友の結婚相手を好きになってしまったピーター。それをずっと隠してきてたのだが、その態度をジュリエットのほうは、夫の親友に嫌われていると思いこみ悩んでいる。
 ところが結婚式にピーターがジュリエットを撮ったビデオを見られてしまったことから、ジュリエットはピーターの気持ちに気付く。映像にはジュリエットへの気持ちがあふれていたのだ。ここは本当に静かに悲しい。
 しかし、クリスマスの夜に玄関に立つ場面は微笑ましい。ここはこの映画の中で一番好きな場面。この場面と最初の結婚式が音楽にあふれる場面がすごくいい。だからこの話が一番好き。イギリスなら結婚式でこんなこと、ありそうだと思う。

●コリンとアメリカンギャル達
 いや、これはこんなにうまくいくわけがないと思う。でも、イギリス英語の発音がアメリカンギャルにもてて、こんなふうな会話になるところは容易に想像できる。だからといって、イギリスであそこまでもてなかった男が急にあんなことにとは思うけれど、まあいいんじゃないの、クリスマスだし。

●ジュディとジョー
 一番普通な話に見える。でも、2人の設定はあまりにも非日常。官能的な映画の撮影をしている現場。大物のスターは最後の最後に登場して演技をするので、その前は、セットの調子や機材のテストをするために、かわりの人がスターと同じ動きをする。2人はそのために雇われているのだけれど、おしゃべりをしながら、姿だけは大胆なセックスシーンがずっと続く。
 その2人が、実にフツーで、この映画の中でも一番フツーで、その上まだ子どもっぽい部分の恋愛が描かれる。この設定とのギャップがなんともいえずおもしろい。

●ハリーとカレン
 この話はとても悲しい。体型が崩れていくことを気にしているカレン。夫が、クリスマス前に変な動きをして、いつもと違って1つ余分にプレゼントを買い、それが高価な金のペンダントだったことを知る。それなのに…。しかし、子どもたちの前では涙をふき取って母親を演じる。
 あんな馬鹿な若い女より、カレンのほうがずっと素敵なのにと思うのは自分に照らし合わせてのかたよった見方なのか。

●サラとカール
 サラは両親の死後、精神を患う弟の面倒を見ながら仕事を続ける、内気で地味な女性。同じ職場の、ものすごくかっこいいデザイナー、カールのことを好きなのは、上司から見ても見え見えなくらい。
 カール!、もっとがんばってよ。かっこいいだけじゃだめだよ。

●首相と秘書
 この首相役のヒュー・グラントはなんだかなあと思ってしまう。全然首相らしくなくて、「いつもの女たらしのヒュー」でしかない。本人が、「別の映画の撮影があったから、髪が切れなくて首相らしい髪型にできなかった」と言っていたけれど、演技も全然じゃないと思ってしまった。秘書のほうも、あまりにも育ちが悪すぎて、あさはか。
 こんなかたちでしか首相を料理できないなんて、イギリスの将来は大丈夫なんだろうかなんて思ってしまう。皮肉にもなっていない。

●米国大統領
 これはあんまりだ。

●店員
 ミスター・ビーンで有名なローワン・アトキンソンが、ハロッズのように見える店の宝石売り場でおおげさにクリスマス用の包装をする場面がみもの。最後にもう一回、重要な役で出てくる。

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『CUBE』&『CUBE2』

 一作目が、恐くてもう二度と見たくないと思っていた映画だったのに、二作目が放映されていたので、つい見てしまった。

 『CUBE』は、冒頭部分、部屋に仕掛けられた罠によって、とんでもない形で人が殺される。この部分が映画全体の中で一番嫌な殺され方だったのだが、その映像が頭に焼き付くので、観客は、あれがまた起きるかもしれないという緊張に支配され、はらはらする感覚が倍増されながら最後まで続く構造になっている。

 『CUBE2』単独では、そういう意味でのはらはらする仕掛けはあまり強くない。むしろ、前作の『CUBE1』全体が、この「冒頭部分」のような仕掛けの役割を果たしているために、「また、ああいうことになるのではないか」という感覚が、観客の手に汗を握らせる。

 ここには前作とは全く違ったコンセプトが用意されているのだ。「はらはら」に対する前作と同じようなタイプの「答え」を期待する観客は裏切られた気分になるかもしれない。しかし、同じような展開に隠された別の仕掛けに満足するタイプの観客は「うーん」とうなるだろう。

 私は「うーん」となったほうの観客だった。
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CUBE(1997年)
監督:ヴィンチェンゾ・ナタリ
キャスト:知らない人ばかり
CUBE2(2002年)
監督:アンドレイ・セクラ
キャスト:知らない人ばかり

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2005/02/03

『コールドマウンテン』 "Cold Mountain"

-=-=-[あらすじと感想]-=-==

 南北戦争に巻き込まれる前、まだ平和な時代、コールドマウンテンに、新しい牧師が、田舎の村には場違いに美しく、労働も知らない娘エイダを伴って赴任してくる。大工仕事や力仕事をしている農民のインマンとエイダは出会った時からお互いに引かれ合うが、ことばを交わす機会も少ない。そして、南北戦争が起こり、インマンは義勇軍となって村を出て行くことになる。

 戦争に出ていった男達にとっても、村に残された女達にとっても苦悩の時代が始まる。義勇軍になることなく村に残ったならず者達は「南軍のため」という正義の名のもとに傍若無人にふるまい、女達はますます苦しむ。

 生活力を身につけることを一切せず、上流階級として育てられたエイダは、父の死後、苦難のどん底に陥る。そして、そのことを書き綴った手紙を読んだインマンは、脱走兵となり、命をねらわれる危険をおかすことも厭わず、コールドマウンテンへ帰ることを決意する。長い旅が始まる。

 一方、エイダは、その間に全く逆の育ちで生活力のあるルビーの助けを得て、たくましく生きるすべを身につけていく。ルビーの影響でエイダは自立した女になり、エイダの影響でルビーは、粗野な中に隠されていた感受性がだんだんと表に出てくるようになり、2人は良きパートナーとなっていく。このあたりが、映画の中で一番楽しいところだ。

 最初の、蟻地獄のような場所での戦闘場面で観客は一気に南北戦争の中に引き込まれる。志願して兵士となった主人公インマンが、味方の南軍が勢いを盛り返し、北軍を無惨に殺戮していくさまを見て、一瞬身を引く姿が印象に残る。

 戦闘はここでしか描かれない。しかし、この最悪な戦闘場面よりもっと陰惨なことが、戦場以外のところで起きていることを観客は知っていくことになる。戦争が戦場以外にも、いたる所で人々の心が蝕んでいく様子、旅をするインマンが試練を乗り越えて学んで行く姿、ルビーとエイダの心の交わり、それらを控えめな表現でありながら壮大なラブロマンスが包む。

 ここからネタバレ、反転して読んでください→井戸に映った不吉な場面が現実のものとなり、死んでいくインマンにエイダが接吻する場面。このエイダの表情には悲しみと共に笑みが浮かぶ。帰ってきてくれてうれしい。戦場で死ぬのではなく、この手の中で死を迎えてくれてうれしい。そういう気持ちがにじみ出てきている顔がこの壮大なロマンスをしめくくる。いや、本当のしめくくりはその先なのだが。
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2003年
監督:アンソニー・ミンゲラ(「リプリー」「イングリッシュ・ペイシェント」)
インマン/ジュード・ロウ(「クローサー」)
レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語」「A.I.」「ガタカ」「リプリー」「ロード・トゥ・パーディション」「チューブ・テイルズ」「スターリングラード」「クロコダイルの涙」)
エイダ/ニコール・キッドマン(「ステップフォード・ワイフ」「ムーラン・ルージュ」「アイズ・ワイド・シャット」「白いカラス」「プラクティカル・マジック」「ドッグヴィル」「めぐりあう時間たち」「アザーズ」)
ルビー/レニー・ゼルウィガー(「シカゴ」「ブリジット・ジョーンズの日記」「母の眠り」)
フィリップ・シーモア・ホフマン(「パッチ・アダムズ」)
ナタリー・ポートマン(「クローサー」)
「レオン」)
*「 」内はその人の作品のうち見たことのあるものの題名

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2005/02/02

『トゥルーマン・ショー』 "The Truman Show"

 最初のインタビューの場面にも、それに続くカメラアングルにも、え?え?え?の連続。それなのに、素直な観客である私は、その設定に、まさかねえと思いつつもそのまま感情移入して見ていた。だから、トゥルーマンの絶望感もしっかり味わうことができた。

 見終わってからも、なにか空恐ろしいような気持ちが波状的に押し寄せて来る。実は私の生きているこの世界も……。いや、テレビの画面に見入っている私達っていったい? さらには、結局はある世界観の中でしか生きられないということはそういうことなのかもといった具合に。

 探偵物を読んでいて、最初の1ページで仕掛がわかってしらけてしまうというタイプの人には楽しめない映画かもしれない。しかし、薄々感じつつもちゃんと騙されて見ていくというタイプの人には、本当の寒くなるような虚無感が味わえる構造になっている。そして、そのあとにくる希望も……。

 エド・ハリスの熱演する場面が良かった。生みの親である父親の顔だ。あれはフェイクではないだろうと思わせるものがあった。ローラ・リニー扮するメリルのCMの場面はあとで思い返した時にやっと気が付いて笑ってしまった。

1998年/監督:ピーター・ウェアー/トゥルーマン:ジム・キャリー「エターナル・サンシャイン」「レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語」「ブルース・オールマイティ」「マジェスティック」「ライアーライアー」/メリル:ローラ・リニー「デーヴ」「ラブ・アクチュアリー」「ライフ・オブ・デビッド・ゲイル」/マーロン:ノア・エメリッチ/ローレン・ガーランド&シルビア:ナターシャ・マケルホーン/クリストフ:エド・ハリス「白いカラス」「めぐりあう時間たち」「ビューティフル・マインド」「スターリングラード」「グッドナイト・ムーン」「ザ・ロック」「アポロ13」 *「 」内はその人の作品のうち見たことのあるものの題名

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